ビジョンドリブンで象(かたど)るサイボーグコンセプトモデル「MELTANT -α」

「人類という種を進化させるためにわれわれがすべきことは何か」。

そう自問する熱意と強度をもって、未来をつくることを本気で目指したサイボーグプロジェクトの第一歩が今年3月に発表された。既存のデザインワークの雛形とも言える受注発注型のプロジェクトではない、テクノロジー、ファイナンス、クリエイションが三位一体となったビジョン駆動型のプロジェクト。その原動力は、クリエイティブやデザインのこれからの役割を示している。

MELTINがもつテクノロジーの優位性

「MELTANT-α」は、MELTIN(メルティン)が開発を進める「MELTANT」のコンセプトモデル。MELTANTとは、MELTINの代表取締役である粕谷昌宏が幼少期のころから実現したいと考えてきた「身体的制限からの開放」「自分という存在を解明するための寿命の延長」「非言語コミュニケーション」を一挙に可能にするためのサイボーグだ。粕谷は「人の身体は、動くことを可能にしている一方で制限にもなっている。身体的な制約を突破して、人の創造性を100%引き出す世界をつくるのがわれわれのビジョン。人間の脳は身体に紐付いているため、新しい身体を手に入れることで、人はさらに進化できるはず」と語る。

操縦者の動きとリンクし、腕や指を動かすことができるMELTANT-αは、ロボットハンド部分に同社ならではの優位性がある。パワーや動きの滑らかさや細かさ、リアルタイム性、耐久性を兼ね備え、さらに小型化を実現するなど、既存のロボットハンドとは一線を画す高い性能を有している。
ハードウェアとしての特徴は、人の腕を模倣した設計にある。創業メンバーで、ハードウェアから、制御ファームウェア、ユーザーインターフェースまで、MELTANT-αの開発を担う同社取締役CTOの關 達也は、「これまでのロボットハンドは、指にアクチュエーターを内蔵する設計が多かったが、そうした部品を指の中に入れ込むのは難しい。そもそも、人間の指そのものにはあまり筋肉がなく、動かす筋肉の大半は前腕にある。そこで、外部にある筋肉が腱を介して関節を動かす。MELTANT-αはこの人体の構造を真似ている」と語る。

ハードウェアと対になるソフトウェアにおいては、「山のようなトライアンドエラーから経験やノウハウを蓄積し、動かすことが容易でない機構を動かすための法則を組み上げた」と關が言う制御アルゴリズムの獲得が、従来にない滑らかな動作を可能にしている。

このハードウェアとソフトウェア両面での開発から力強さと器用さを実現したMELTANT-αは、原子力発電所や宇宙など、人が立ち入ることができない環境での使用が想定されている。
機構制御の技術に加え、MELTINが有するもうひとつのコア技術が、生体信号処理だ。人体を流れる電気信号から人体のさまざまな動きを解析することができる。MELTINはこれらふたつのコア技術により、「人と機械を融合させる」未来の実現を目指す。

そこにビジネス的価値を見出し、MELTINに投資を行っているのがユーグレナ、リバネス、SMBC日興証券の3社が設立したベンチャーキャピタルのリアルテックファンドだ。MELTINに役員として参画し、事業戦略、ファイナンス、知財法務などビジネス面をハンズオン支援(投資先への経営参画)する小正瑞季は「特許とノウハウで守られたMELTANT-αの技術は、同業他社から模倣されにくいという強みがある。市場で勝ち続けられる唯一無二のテクノロジーは、ファイナンスの観点からも魅力」と語る。

しかし、技術さえあればビジネスになるというものではない。社会に受け入れられ、市場価値が認められるかどうかという点において、技術やビジョンの優位性を伝えるクリエイションの重要性を指摘する。小正は、「リアルテック(革新的なテクノロジー)の領域において、テクノロジーとビジネス、ファイナンスが結びつくケースは増えてきたが、MELTINようにクリエイションを持ち込むケースはまだまだ稀であり、革新的ゆえに理解されず、資金調達も出来ずに埋もれてしまっている技術はまだまだ多い。ビジョンや技術の素晴らしさに対する理解と期待を促すためには、クリエイションの力が必要。その重要性を薄々感じている人はいるものの、大半はまだ動き出せていない」と続ける。

 

プロダクトデザインで「魂を宿す」

MELTANT-αのプロダクトデザインを担当したのはTAKT PROJECT(タクトプロジェクト)の吉泉 聡だ。吉泉は開発において、“思考実験”と呼ばれるプロセスが欠かせなかったと振り返る。思考実験とは、開発メンバーらが参加したワークショップ形式の取り組みで、粕谷や關が目指すビジョンの共有を目的としたもの。「サイボーグとは?」といったそもそもの問いや、未来のサイボーグ社会における倫理観、「永遠に生きる苦しみ」「生殖活動が必要ないとなると、愛情はどうなるのか」といった議題で意見を出し合った。創業者である粕谷と關のビジョンをチーム内に浸透させることで、アウトプットの確度はより高まると考えられての実施だったという。

2017年夏に開始された思考実験を主導したのはビジュアルデザインスタジオWOW(ワウ)のコンセプター、田崎佑樹だ。田崎は、ビジョン共有のプロセスを入れないと、そのうちプロジェクトが破綻すると考えた。「全く新しい市場に向けて開発するプロジェクトなので、あらかじめビジョンを突き詰めておく必要があった」と語る。

吉泉は「MELTANT-αのプロダクトデザインは、すでにマーケットがあるものとは異なる。新しい世界を示すのに、いきなりプロダクトのデザインに取りかかるのは難しい。長期的な展開が予測される強いビジョンを各自で解釈することが必要」と続ける。思考実験を経たことで、実際に吉泉の理解は格段に深まった。MELTANT-αは手の動きに特化したサイボーグのプロトタイプだが、それはサイボーグを実現し「自分の身体を選択していく未来」につながる壮大なビジョンのひとつの通過点。現時点でのコア技術であるロボットハンドもまた、MELTINが掲げる未来を表現するための手段なのだ。

数度の思考実験を経て吉泉が提示したコンセプトは「anima/魂を宿すデザイン」。生命や魂という意味のラテン語を用いて、身体性の再定義というビジョンを表した。さらに、プロダクトデザインのコンセプトを「ハイライト・ザ・モーション」と定め、「メリハリ」「姿勢」「ワイヤー」という3要素によって、魂を宿すデザインを具現化しようと考えた。

メリハリは、腕や顔、背面といった身体のポイントだけに着目するという考え方。MELTANT-αは、各パーツを強調することでその存在や動きが浮かび上がって見える。ボディを覆うカウルは最小限にとどめ、余計な造形を排除することで魂が宿る姿勢を表現。背面のカウルは背骨や肩甲骨をイメージした。カウルから腕へとしなやかに伸びるワイヤーは、人体の筋肉や腱にあたり人体の構造を模倣するMELTANT-αの特徴を端的に表現している。

吉泉は、「既存のロボットデザインは、カウルのデザインとも言えるもので、硬質な印象のものが多い。MELTANT-αではコア技術であるワイヤーを表に出すことで、筋肉をイメージし、しなやかな質感を表現した。内部構造の要素であるワイヤーはプロダクトデザインの観点ではノイジーなものだが、これを隠してしまうとせっかくの特徴が薄れてしまうと考えた」と語る。


未来牽引を担う「エンビジョンデザイン」

雑木林で日射しを浴びるロボットの手が映し出され、「人の進化は手と共にあった」とのナレーションが流れる、2分間ほどのムービー。操縦者の動きに合わせて手を滑らかに動かすロボットが姿を見せると、「目指すのは便利なだけのロボットではない」「身体と機械が溶け合い」「“好奇心”と“身体性”が解放された未来だ」と続く。

3月に公開されたMELTANT-αの紹介映像は、田崎がクリエイティブディレクションし制作したもの。MELTINのCCOに就任した田崎は、先述した思考実験のプロセス設計のみならず、グラフィックデザイン、ビジュアライゼーションなどを用いて、サイボーグの開発と実用化に取り組むMELTINの社内外向けコミュニケーションのディレクションも行う。その行動の背景には、自身が提唱する「エンビジョンデザイン」というコンセプトがある。

田崎は「20世紀型のテクノロジードリブンの時代は終わった。21世紀型のビジネスにはビジョンが不可欠で、ビジョンを具現化することで社会変化を促していく。ビジョンの実現に必要なのが、哲学や思想、アートやデザインなどのクリエイションと、真に革新的なテクノロジー、そして研究開発や事業化を最速で推進するためのファイナンス」だと言う。さらに「投資家やサイエンティスト、アーティストといった、資本主義とは異なるレイヤーでものごとを考える人々はビジョンを示し、未来を牽引できる存在。しかし、アートではないクリエイションやデザインは日本では投資対象にならず、クライアントワークに代表される受注発注関係では資本主義の構造を突破できない」と続ける。

クリエイション、テクノロジー、ファイナンスの各プレイヤーが集い、ひとつのビジョンの実現を目指すエンビジョンデザイン。その第1弾となるプロジェクトであり導入事例が、MELTANT-αであったというわけだ。前例がないプロジェクトを動かす原動力は、クリエイティブやデザインの、これからの役割を示している。世界を変えることを本気で目指す新たなゲームチェンジャーの挑戦に、さらなる期待を寄せたい。

Credits

文/廣川淳哉
デザイン誌「AXIS」193号 2018年6月1日発行転載